稀代の天才プログラマー 故進藤正一 |
出会いは今から13年前、進藤君が25歳、私が30歳の時だった。
お互いゲームが好きで、よく家に遊びに行く仲となり、将来の夢などを語りあっていた。
仕事は建築関係のCADをやっていたと記憶している。
進藤君は、九州芸術工科大学の出身。地元では難関の国立大学だ。
とにかく頭がよかった。プログラム言語を自在にあやつり、よく私をビックリさせてくれた。
そして人の話をよく聞いている。私が何気に言った事をササっと実行して、アプリケーションを作ってくれた。
そして進藤君が27歳の時、今村さんの会社で働きたいと申し出てきた。
私も悩んだし周囲の反対も当然あった。なんせ進藤君は大学出。
いまの高収入を捨ててまでして、私の会社に来る理由が見当たらない。
進藤君は給料は無くてもいいから入社させてくれと、私の決意を促した。。
一緒に働いた日々は、本当に楽しかった。
看板を作りながら、必ずオリジナルのゲームを発売しようと深夜までよく話し合った。
プログラム&シナリオは進藤君。イラストは進藤君の友人。音楽はプロへ。私はパッケージデザイン&販売ルートの確保。
そしてオリジナルゲーム。スーパーパズルアドベンチャー「アヌビス」の発売。マッキントッシュ専用ゲーム。
1000本しか作らなかったが、儲ける事よりも自分達の開発したゲームが全国に流通した事がうれしかった。
数年後、マック版RPGツクール「ファンタジースタジオ」を発売。
これも1200本しか作らなかった。雑誌で取り上げられた事もあり、追加の話しもでるが儲けが目的では無いので断る。
進藤君のおかげで最高の日々を過ごすことができた。
進藤君は子供の頃に白血病を発病。以来、がんセンターへの通院が続いていた。
長くは生きられない。本人は解っていたのだろう。結婚も望まずに自分の人生を駆け抜けた。
どこまでも私を守りぬき、最後まで私に人間の生き様をおしえてくれた。
正ちゃん、俺はおまえを一生忘れない。正ちゃんと駆け抜けた日々を忘れない。
01年5月12日 稀代の天才プログラマー 進藤正一 永眠 享年37歳
進藤君が一人でも多くの人に知ってもらいたいとアヌビスのウェブ版を作ってました。
製品版は全部で50面ありますが、ウェブ版は当時のナローバンドに合わせての限定版。
オープニング&エンディングはカット。面も少ないですが、雰囲気は味わえると思います。
確認済み動作環境:Internet Explorer5
ショックウェーブ プラグイン必要です。
スーパーパズルアドベンチャー アヌビス←ココから(約500k)